なぜドはドーナツのドなのか?ペギー葉山作詞の誕生秘話と原曲の真実
世代や時代を問わず、日本人のほぼ誰もが口ずさめる国民的フレーズ「ドはドーナツのド」。学校教育の音楽の授業から日常の替え歌まで、半世紀以上にわたって親しまれている『ドレミの歌』ですが、ふと「なぜ最初の音がドーナツなのか」「英語の原曲はどう歌われているのか」と疑問を抱いた経験はないでしょうか。
この親しみやすいフレーズの生みの親は、昭和を代表する歌手のペギー葉山さん(1933〜2017年)です。名作ミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』の劇中歌を日本語に翻訳・翻案する際、彼女が下した独自の選択には、当時の日本人の暮らしや子どもたちへの深い愛情、そしてアメリカ滞在時の鮮烈な原体験が隠されていました。本稿では、名曲の誕生秘話から英語原曲との驚きの差異、ネット上で長年囁かれる歌詞の謎まで、一次資料と証言をもとに徹底解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ドはドーナツのド」の決定打は、ペギー葉山さんがロサンゼルスで体験した「本場のドーナツ」の衝撃と、子どもが笑顔になる丸いフォルムへの着想だった。
- 要点2:英語原曲は「Doe(雌鹿)」「Ray(光線)」など言葉遊びの要素が強く、日本語版はあえて直訳を完全排除して「生活に身近な言葉と前向きなメッセージ」へと大胆に再構築された。
- 要点3:「レはレモン」から「ファはファイト」「シは幸せよ」へと食べ物から感情・励ましへとシフトする構成は、戦後復興期から高度成長期の子どもたちを鼓舞する教育的配慮が根底にある。
【誕生の真相】なぜ「ドーナツ」だったのか?ペギー葉山の手記が明かす制作背景
名曲『ドレミの歌』の日本語詞が世に出たのは、1962年のNHK『みんなのうた』での放送が契機でした。作詞・歌唱を担当したペギー葉山さんは、当時すでにジャズ歌手やタレントとして第一線で活躍していましたが、この訳詞依頼を受けた際、極めて大きな壁に直面したと自著や回顧録で明かしています。
最大の難関は「英語の音と日本語の意味の乖離」でした。英語の原曲では「Do」を同音の「Doe(雌鹿)」、「Re」を「Ray(太陽の光線)」と掛けています。しかし、これをそのまま直訳して「ドはめじかのド」と歌っても、当時の日本の子どもたちには情景がまったく浮かびません。音階の入門曲として機能させるには、幼い子どもたちが直感的に理解でき、口にした瞬間にパッと情景が広がる単語を選ぶ必要がありました。
そこでペギーさんの脳裏に浮かんだのが、自身が日米修好通商百年記念の親善使節として渡米した際、ロサンゼルスのダイナーで目にした揚げたての穴あきドーナツでした。当時の日本ではまだドーナツは一般的ではなく、洋菓子店でたまに見かける程度の珍しいハイカラなお菓子でした。現地のカフェで頬張ったドーナツの香ばしい甘さと、中央にぽっかり穴の開いた丸いフォルム。その幸福な記憶が、「ド」という破裂音と完璧に結びついたのです。
「子どもたちが大好きなもの、丸くて温かくて笑顔になれるもの」――ペギー葉山さんが直感したそのアイデアこそが、半世紀以上色褪せないマスターピースの第一歩となりました。

【徹底比較】英語原曲と日本語歌詞の決定的な違い|名作ミュージカルから童謡への昇華
ブロードウェイ・ミュージカルおよび映画『サウンド・オブ・ミュージック』(作曲:リチャード・ロジャース、作詞:オスカー・ハマースタイン2世)における『Do-Re-Mi』は、家庭教師のマリア先生がトラップ家の子どもたちに音階の仕組みを教えるための「劇中レッスンソング」です。
英語原曲とペギー葉山版の日本語歌詞を対照させると、単なる翻訳を超えた「構造の再定義」が行われた事実が明確に浮かび上がります。
| 音階 | ペギー葉山 日本語歌詞 | 英語原曲(掛詞・直訳) | 編集部の分析・翻案の妙 |
|---|---|---|---|
| ド | ドーナツのド | Doe(雌鹿) | 親しみやすい洋菓子へ置換し幸福感を演出 |
| レ | レモンのレ | Ray(一筋の太陽光線) | 爽やかな果物の味覚・色彩のイメージを付与 |
| ミ | みんなのミ | Me(私自身) | 「私」という自己から「みんな」という連帯感へ拡張 |
| ファ | ファイトのファ | Far(遠くへ走る道) | 距離の描写から、意欲を掻き立てる励ましへと昇華 |
| ソ | あおいそら(青い空) | Sew(針に糸を通すこと) | 日常の手仕事から、開放的な大自然の視覚イメージへ |
| ラ | ラッパのラ | La(ソに続く音階の音) | 原曲の音合わせに対し、楽器の具体的な音を割り当て |
| シ | しあわせよ(幸せよ) | Tea(ジャムとパンと楽しむ紅茶) | 英語のTi(Tea)の飲食から、曲全体のテーマ「幸福」で結ぶ |
英語原曲は「言葉の音(Homophone / 同音異義語)」を使った知的な言葉遊びが主体です。一方、ペギー葉山さんの日本語詞は、「味覚(ドーナツ・レモン)→ 人間関係(みんな)→ 意欲(ファイト)→ 空間(青い空)→ 音楽(ラッパ)→ 幸福感(幸せ)」というように、子どもの五感と精神的成長を鮮やかに刺激するストーリー仕立てへと再編されています。
「ファはファイト」「シは幸せよ」の謎を解く|食べ物から精神論へシフトした意図
インターネット上の掲示板やSNSでは、定期的に「ドレミの歌は、なぜドとレが食べ物なのに、ファから急に精神論になるのか」というツッコミが話題にのぼります。確かに「ド=ドーナツ」「レ=レモン」と続けば、子ども心には「ミ=みかん」「ファ=ファンタ」「ソ=そうめん」といった食べ物尽くしを期待してしまう側面もあるでしょう。
しかし、ペギー葉山さんが生前のインタビュー特番で語った制作秘話によれば、この展開には明確な計算と教育的メッセージが込められていました。
まず「ミ=みかん」にしなかった理由として、ペギーさんは「みかんでは言葉として平坦すぎて、歌の躍動感が生まれない」と考えました。そこで選ばれたのが「みんな」です。歌は一人で歌うだけでなく、仲間と声を合わせて楽しむものだというメッセージを曲の中盤に配置しました。
続く「ファ」において、当時普及し始めていた外来語「ファイト(Fight)」を取り入れた点も極めて革新的でした。昭和30年代後半、東京オリンピック(1964年)を目前に控えていた日本社会の活気と、「元気を出して前を向こう」という応援の思いがこの単語に凝縮されています。
そして最後の「シ」です。英語の音階「Ti」は紅茶(Tea)に対応していますが、日本語の階名は「シ」です。ペギーさんは「白」「シマウマ」などの具体物も検討したものの、歌の締めくくりとして「歌うことは幸せである」という結論へ着地させるため、あえて抽象概念である「幸せ」を選択しました。この大胆な飛躍こそが、童謡としての芸術性と普遍性を決定づけたのです。
意外と知らない「ドレミの歌」の続きと正しい歌詞の全体像
多くの人が「ドはドーナツのド」から「シは幸せよ」までは淀みなく歌えますが、その「続き」の展開について正確に覚えているでしょうか。
「ドレミファソラシド、さあ歌いましょう」と1オクターブ上がった後、楽曲は単なる音階の復習にとどまらず、リズミカルな反復と合唱の掛け合いへと展開します。
曲の後半部では、以下のようなコーラスとメロディの重なりが展開されます。
「ドレミファソラシ ド ドーナツ」
「ドシラソファミレ ド」
「どんなときにも 列を組んで みんなで楽しく 歌いましょう」
このように、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の頭文字を使った「織り込み(アクロスティック)」が再び登場し、テンポアップしながら大団円を迎えます。ミュージカル由来の楽曲ならではのダイナミックな構成であり、教育現場では輪唱や手遊び歌としても長く親しまれ続けています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|替え歌カルチャーと公式歌詞の境界線
日本のポップカルチャーにおいて、『ドレミの歌』ほど替え歌のバリエーションが存在する楽曲はありません。「ドは牛丼のド」「ドは怒りのド」「ミは味噌汁のミ」など、地域や世代ごとに無数のパロディが生み出されてきました。
ネット上では時折、「ペギー葉山の初版では別の食べ物だったのではないか」「NHK版とレコード版で歌詞が差し替えられた」といった都市伝説が語られることがありますが、公式な作詞記録において歌詞の改変事実は存在しません。1962年の『みんなのうた』初放送時から、一貫して「ドーナツ」「レモン」「みんな」「ファイト」「青い空」「ラッパ」「幸せ」の構成が維持されています。
替え歌がこれほど自然発生的に広がった背景には、ペギー葉山さんの言葉選びが「誰もが独自の言葉を当てはめたくなる余白」を持っていた点が挙げられます。言語学的な観点から見ても、各フレーズが「名詞+助詞(の)+階名」という極めて単純かつ堅牢な構文(フレームワーク)で設計されているため、言葉遊びの母体として完璧だったのです。

【実態検証】音楽教育と心理学的アプローチから見た「名フレーズ」の力
なぜ「ドはドーナツのド」は、60年以上の歳月を経てもなお色褪せず、幼児の言語習得期におけるキラーフレーズであり続けるのでしょうか。現代の認知心理学および音楽療法の視点から分析すると、3つの明確な要因が浮かび上がります。
第1に、有声破裂音(/d/音)の反復による強力なフック効果です。「ド」「ドーナツ」「ド」と、同じ破裂音が1フレーズ中に3度リフレインされる構造は、乳幼児の聴覚アテンション(注意の引きつけ)を最も惹起しやすい音響的特性を持っています。
第2に、視覚的ゲシュタルトの想起です。「ドーナツ」という名詞は、単に味覚だけでなく「真ん中に穴の開いた円」という幾何学的な視覚イメージを瞬時に想起させます。音階の起点となる「ド」の音に、最も安定感のある「円」のイメージが結びつくことで、記憶の定着率が飛躍的に高まります。
第3に、ポジティブ感情への誘導構造です。「ファイト」「幸せ」といった肯定的なアファメーションがメロディの上昇(スケールの上昇)と同期しており、歌唱者の心理状態を高揚させる音楽療法的プロファイルを満たしています。
【プロの結論】名作童謡の言葉選びから学ぶ「伝わるコミュニケーションの条件」
ペギー葉山さんの翻案作業が後世に残した最大の教訓は、「正確な直訳よりも、受け手の文脈に寄り添った本質的なローカライズこそが人の心を動かす」というコミュニケーションの神髄です。
もし彼女が原作者の意図に忠実であろうとするあまり、「Doe(鹿)」や「Ray(光線)」を辞書通りに当てはめていたら、『ドレミの歌』が日本の幼稚園や保育園で毎日歌われる国民的童謡になることはなかったでしょう。聞き手である子どもたちの生活圏(何を食べ、何を見て、どんな言葉で笑うのか)を徹底的に観察し、そこに自分の実体験から得た感動を注ぎ込む。この「受け手ファーストの編集力」こそ、情報が溢れる現代社会においても学ぶべき情報伝達の極致といえます。
【ドはドーナツのド】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:英語の原曲では「ド」は何と歌われているのですか?
A1:英語原曲の『Do-Re-Mi』では、「Doe, a deer, a female deer(ドは鹿、雌の鹿)」と歌われています。音階の「Do」と英語で雌鹿を意味する「Doe(ドウ)」の発音が同じであることを利用した言葉遊びになっています。
Q2:なぜ「ファ」だけ「ファイト」という外来語・精神論なのですか?
A2:ペギー葉山さんが作詞した当時、日本語で「ファ」から始まる身近な名詞が極めて少なかったことに加え、東京五輪を控えた時代背景の中で「子どもたちに元気と勇気を与えたい」という強い願いから「ファイト」が選ばれました。
Q3:『サウンド・オブ・ミュージック』の映画版とミュージカル版で歌詞は違いますか?
A3:原曲の英語詞はブロードウェイ初演(1959年)も映画版(1965年)もオスカー・ハマースタイン2世による同一の歌詞です。日本国内ではペギー葉山さんの訳詞があまりにも定着したため、劇団四季の公演など一部の舞台を除き、多くの吹き替えや音楽教材でペギー葉山版が公式として採用されています。
Q4:ペギー葉山さん以外に日本語訳を書いた人はいますか?
A4:劇団四季のミュージカル公演などで用いられる訳詞(浅利慶太さん・岩谷時子さんらによる訳)など、舞台の文脈に合わせた別バージョンが存在します。しかし、一般に広く知られている「ドーナツ」「レモン」の歌詞はすべてペギー葉山さんの作詞です。
まとめ:半世紀を超えて響き続けるペギー葉山のメッセージ
「ドはドーナツのド」というたった一節のフレーズには、異国の地で出会った新しい食文化への感動、直訳を排して日本の幼児に寄り添った翻訳の英断、そして「歌を通じてすべての子どもに幸せになってほしい」という作詞者・ペギー葉山さんの温かな祈りが宿っていました。
何気なく口ずさんできたメロディの裏にある歴史的背景や言葉の意図を知ることで、いつもの歌声はより豊かな彩りを帯びて響くはずです。親子で歌うひとときに、ぜひこの誕生秘話を分かち合ってみてはいかがでしょうか。 (出典: ドはドーナツのド(Yahoo!ニュース))